TNFD提言に基づく開示

1. はじめに

現在、世界は2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」の実現という共通目標に向け大きく舵を切っています。2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」は、社会・経済の在り方に変革を求めており、自然資本の保全はもはやリスク管理に留まらず、持続可能な成長のための必須条件です。
SUMCOグループは、半導体用シリコンウェーハの供給を通じてデジタル社会の発展を支える企業として、「SUMCO環境基本方針」のもと、健全な生態系から得られる恩恵を次世代へと引き継ぐため、自然と共生する持続可能な社会の実現に取り組んでいます。その一環として、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の理念に賛同し、本フレームワークに基づく情報開示を通じて、当社の自然資本に対する依存・インパクト、およびそれに伴うリスクと機会を透明性高く発信してまいります。

2. 自然資本におけるリスク・機会の評価プロセス

SUMCOグループは、自らの事業活動における自然資本への依存と影響を認識し、中長期的な企業価値を維持・向上させるため、TNFD提言※1およびTNFDが推奨する「LEAPアプローチ」※2に基づき、自然関連課題を特定、対応策を検討しました。

LEAPアプローチは、以下の4つのプロセスを通じて、自然関連の課題を戦略的に紐解く手法です。

  • Locate(自然との接点の発見)
    サプライチェーンを含む自社の事業活動における潜在的な自然関連課題を抽出し、その発生源となる場所特定、および優先順位を決定します。
  • Evaluate(依存と影響の評価)
    特定された自然との接点における、事業活動が自然から受ける恵み(依存)と生態系に及ぼす作用(影響)を定量的・定性的に評価します。
  • Assess(リスクと機会の評価)
    依存と影響の評価に基づき、事業の存続に対する物理的リスクや移行リスク、および自然関連の新たな事業機会を導き出します。
  • Prepare(対応と報告の準備)
    分析結果を経営戦略と資源配分に反映させ、ステークホルダーへの情報開示に向けた準備を行います。
図1.LEAPアプローチ概念図

2025年度は、LEAPアプローチの全工程を試験的に実施しました。現時点で特定された重要事項を、当社の戦略の基盤として以下の通り開示いたします。今後は本分析結果をガバナンスやリスク管理体制へ順次統合していく計画です。

Locate(自然との接点の発見)

依存と影響のスクリーニング

SUMCOグループは、単一セグメントである「半導体用シリコンウェーハの製造・販売事業」のバリューチェーン全体(上流・直接操業・下流)を対象に、自然資本への依存・影響評価を実施しました。国際的な評価ツール「ENCORE※3」を用いて、バリューチェーンにおける事業活動の自然への「依存」と「影響」を分析しました。この分析に基づき、一定水準以上の依存・影響が認められたバリューチェーンの事業活動、および直接操業を「優先的に評価すべき事業活動」として抽出し、依存と影響を可視化したヒートマップを作成しました。

  • ENCORE (Exploring Natural Capital Opportunities, Risks and Exposure):
    UNEP-WCMC等が開発した、自然資本への依存・影響を評価するツール。事業セクターごとに、享受する生態系サービス(依存)と、自然への負荷要因(影響)の双方を特定できる。
  • バリューチェーン図
    図2.バリューチェーン図
  • 依存と影響のスコアマップ
    図3.依存と影響のスコアマップ
  • 自然への依存ヒートマップ
    図4.自然への依存ヒートマップ
  • 自然への影響ヒートマップ
    図5.自然への影響ヒートマップ
  • 上流:

    シリコンウェーハの主原料となる珪石の採掘や、エネルギー生産等のセクターにおいて、安定した「水供給」への高い依存が確認されました。また、バリューチェーン全体を通じて、気候調節や水流調節といった生態系による「調整サービス」が事業の持続可能性を支える重要な基盤であることが確認されました。

    主要な自然への影響として、資源採掘に伴う土地利用の改変や汚染物質の排出を特定しました。

  • 直接操業:

    シリコンウェーハの製造工程には清浄な水を大量に必要とします。これらの水資源の供給・調整機能への依存が特徴として挙げられます。

    主要な自然への影響として、製造工程における大気・水への汚染物質の排出、および操業に伴う騒音などによる野生生物への影響を特定しました。

  • 下流:

    工程副産物および製品の廃棄・リサイクル段階において、自然界が持つ浄化・修復サービスへの依存が確認されました。

    主要な自然への影響として、廃棄物処理プロセスにおける汚染物質の排出や、処理に伴う騒音・光害等の物理的な攪乱を特定しました。

ENCOREを用いた分析の結果、上流バリューチェーンにおいて自然への依存と影響が最も大きいことが確認できました。一方で、現時点での上流バリューチェーンにおけるトレーサビリティ確保の課題や使用できるデータの制約を考慮し、今回の詳細分析および優先地域の特定においては、管理権限の及ぶ「自社操業拠点」に範囲を限定して実施することといたしました。

優先地域の特定

SUMCOグループは、自然関連のリスクと機会をより具体的に把握するため、事業拠点が存在する地域の環境特性を評価し、優先的に取り組むべき地域の特定を行いました。

本フェーズでは、SUMCOグループの直接操業範囲である全製造・研究開発拠点(国内11拠点、海外6拠点、計17拠点)を評価対象としました。評価にあたっては、各拠点の位置情報に基づき関連するバイオーム(生物群系)を特定した上で、TNFDが定義する「生態学的に影響を受けやすい地域」の基準への該当性を評価しました。

生態学的に影響を受けやすい地域の基準
  • 生物多様性にとって重要な地域: 保護区や希少種の生息地と隣接している地域
  • 生態系の完全性が高い地域: 自然本来の状態が良好に維持されている地域
  • 生態系の完全性が低下している地域: 生態系の破壊や劣化が進行している地域
  • 物理的な水リスクが高い地域: 水不足や水質汚濁、洪水などのリスクに晒されている地域
  • 生態系サービスの供給において重要な地域: 当社の事業が依存する自然の恵みが、地域社会にとっても不可欠な地域

分析ツールには、世界的に認知された「WWF Biodiversity Risk Filter」※4などの外部データベースを用い、拠点ごとの地域特性を定性的にスコアリングしました。

  • WWF Biodiversity Risk Filter:
    世界自然保護基金(WWF)が開発した、事業拠点やサプライチェーンにおける生物多様性リスクを評価するためのツール。拠点の位置情報に基づき、物理的リスク、規制リスク、レピュテーションリスクを可視化できる。

分析の結果、評価対象とした17拠点のうち、8拠点を、優先的に取り組むべき地域(優先地域)として特定しました。

表1.特定された優先地域

拠点名 所在地 選定理由
SUMCO長浜工場 佐賀県伊万里市 絶滅危惧Ⅰ類(カブトガニ)の保護地域が近接※1しているため。
SUMCO久原工場 佐賀県伊万里市 絶滅危惧Ⅰ類(カブトガニ)の保護地域が近接しているため。
SUMCO佐賀工場 佐賀県杵島郡江北町 KBA※2(筑紫平野の川と池)と近接しているため。
HSJ鈴鹿工場 三重県鈴鹿市 KBA(安濃川・志登茂川河口)と近接しているため。
PT.SUMCO Indonesia Cikarang, Bekasi, West Java, Indonesia 大気汚染、水ストレス、水質汚濁リスクが高い地域に立地しているため。
SUMCO Phoenix Corporation Phoenix, Arizona, USA 乾燥地帯に立地し、水ストレス、水の枯渇ともに高リスクであるため。
SUMCO Southwest Corporation Phoenix, Arizona, USA 乾燥地帯に立地し、水ストレス、水の枯渇ともに高リスクであるため。
SUMCO Phoenix Corporation Albuquerque Albuquerque,NewMexico, USA 乾燥地帯に立地し、水ストレスが高リスクであるため。
  • 直線距離で概ね5km未満を「近接」とした。
  • KBA:Key Biodiversity Areas=重要生物多様性エリア。陸域、淡水域、海洋の生態系において、生物多様性の世界的な持続に著しく貢献する地域。

これらの特定された優先地域については、「Evaluate(依存・影響の評価)」および「Assess(リスク・機会の評価)」において、より詳細な分析を重点的に実施してまいります。

Evaluate(依存と影響の評価)

Locateフェーズで特定した8つの優先地域を対象に、事業プロセスにおける詳細なインプット・アウトプット、および環境管理項目等の調査を実施しました。本フェーズでは、これらの実態データに基づき、自然への依存と影響を精査しています。

自然への依存

SUMCOグループのシリコンウェーハ製造は、特定の生態系サービスの上に成り立っており、その安定性はシリコンウェーハの安定供給を支える不可欠な基盤となっています。主な依存関係は以下の通りです。

  • 水供給サービスへの高い依存:
    高純度インゴットの引き上げや、ウェーハ表面の精密研磨・洗浄工程には、清浄な水が大量に必要です。全拠点において「水供給サービス」への依存度は極めて高く、淡水の安定的な確保は生産能力を左右する重要課題です。
  • 水質調整および自浄作用への依存:
    法令を遵守した適切な排水処理を行っていますが、排水処理後の放流水の最終的な流入先となる河川や海洋が持つ「水の浄化機能」や「希釈・分散機能」といった自然の自浄作用に依存しています。この機能は、周辺環境への負荷低減と水循環の維持における重要な要素です。

自然への影響

SUMCOグループの事業活動は、製造プロセスにおいて一定の環境負荷を伴うものであり、それらは気候変動や地域生態系の状態に直接的・間接的な影響を及ぼしています。主な自然への影響は以下の通りです。

  • エネルギー消費に伴う大気状態への影響:
    シリコンウェーハの製造に不可欠な多量の電力消費を通じ、温室効果ガス(GHG)を排出しています。これは気候変動の要因となり、間接的にグローバルな自然資本の劣化を招く可能性のある影響として認識しています。
  • 水資源および地域生態系への影響:
    多量の取水による地域的な水ストレスへの関与に加え、放流水が周辺環境に与える熱負荷や水質変化の可能性を注視しています。特に、カブトガニの繁殖地として知られる伊万里・佐賀エリアなど、生物多様性が豊かな地域においては、生息環境への負荷を最小化するため、厳格な排水管理を継続しています。
  • 資源循環と汚染物質の排出:
    製造プロセスで発生する多量の産業廃棄物や、ボイラー稼働に伴う窒素酸化物(NOx)、各種化学物質の排出が、土地や大気の質を低下させる要因となります。これらに対し、資源リサイクルの徹底や排出抑制を通じた負荷低減を図っています。

生態系サービスの利用可能性を変化させ得る外部要因

自社による直接的な影響に加え、以下の外部環境の変化を、依存する生態系サービスの利用可能性を脅かす影響として特定しました。

  • 水利用・排水に関する法規制の変化:
    今後、水資源の利用や排水管理に関する法的な枠組みが具体化・厳格化された場合、当社が依存している「自然の自浄作用(希釈・分散機能)」等への許容量が実質的に制限され、現状の生態系サービスを持続的に利用する上での制約条件となる可能性があります。
  • 気候変動の加速と深刻化:
    気候変動は、地球温暖化に起因する豪雨や台風などの気象災害の激甚化を招き、地域の水循環に直接的な変化をもたらす要因となります。例えば、大規模な洪水が発生した場合、河川水の濁度急上昇による取水制限や、取水・送水インフラの損壊、停電による供給停止などを通じて、シリコンウェーハ製造の生命線である「清浄な水の安定的な供給機能」を不安定化させる圧力となります。
図6.依存経路および影響経路図

Assess(リスクと機会の評価)

Assessフェーズでは、これまでの分析で特定された自然への依存と影響が、当社の事業活動にどのようなリスクと機会をもたらすかを包括的に評価しました。

SUMCOグループは、優先地域における直接操業および関連するバリューチェーンを対象に、想定される自然関連の「リスク」と「機会」を抽出しました。それぞれの項目について、将来的な発生可能性および、当社の財務・戦略に与える影響度を定性的に評価しています。このプロセスを通じて、経営上優先的に対応すべき重要なリスク・機会を特定し、具体的な対応策を検討しました。

表2.重要なリスクおよび対応策

リスク 分類 依存/影響/外部要因 リスク内容 時間軸※1 発生
可能性※2
財務
影響度※3
リスク対応策 測定指標
物理リスク 急性 GHG排出(影響) 風水害の激甚化による、バリューチェーン全体の操業停止リスク 短期
  • サプライヤーの分散・多角化を推進し、調達途絶リスクを低減する。
  • BCP対策として被災時のリスク緩和及び復旧プランを立案、定期的な訓練を実施する。
A8.0 物理的リスクにより影響を受ける地域に依存する資産/年間総収益の説明や金額
物理・移行リスク 慢性/法規制・政策/市場 水使用量(影響)/水の浄化・水供給(依存) 水資源の可用性低下および水規制強化に伴う、供給停滞とコスト増加のリスク 中期~長期
  • 水使用量原単位目標を設定し、節水対応や設備投資により水使用量を削減する
  • 純水製造リジェクト水の再利用や洗浄リンス水の回収等による自社拠点内での水リサイクル率の向上
C3.0 水ストレス地域からの取水量と消費量
移行リスク 法規制・政策/市場 GHG排出(影響) 炭素価格の導入および脱炭素政策の進展に伴う、バリューチェーン全体でのコスト増加リスク 中期~長期
  • 再生可能エネルギー導入の推進
  • 継続的な省エネ活動(高効率設備への更新等)
  • 環境価値導入(非化石証書、Jクレジット 等)
  • 物流工程における船便化によるCO2排出量の削減
  • CSR質問状やCSR監査等の取組を通し、サプライヤーのカーボンニュートラル取組推進
GHG排出量(Scope1,2,3)
評判/市場 固形廃棄物の排出(影響) リサイクル対応に伴うコスト増化リスク 中期~長期
  • リユースコンテナの使用を推進
  • 廃棄物の有価物化、リサイクル化の推進
C2.2 有害および非有害廃棄物の種類別の総発生量(トン)※処分方法別

表3.重要な機会および対応策

分類 依存/影響/外部要因 機会内容 時間軸※1 発生
可能性※2
財務
影響度※3
機会対応策 測定指標
資源効率 固形廃棄物の排出(影響) 廃棄物発生量の少ない生産工程の確立により生産コスト削減、競争力向上につながる。 中期
  • 排出量やリサイクル率をHPで開示
  • リユースコンテナ使用
  • プラスチック製品のリサイクル目標設定
C2.2 有害および非有害廃棄物の種類別の総発生量(トン)※処分方法別
評判 栄養土壌及び水質汚濁物質の排出(影響) 排水の放流水域に生息する希少生物の保護活動により、地域社会からの理解と信頼を向上させることで、事業継続の安定性を高める。 短期~長期
  • 近隣の絶滅危惧種(カブトガニ)の保護活動への寄附や参加を継続し、社会的責任を果たす。
C1.1 自主的な保全または復元の範囲(km2
製品およびサービス GHG排出(影響) 脱炭素・デジタル変革(GX/DX)の進展に伴う、高付加価値シリコンウェーハの需要増大と市場シェアの拡大 中期~長期
  • 先端半導体用300mmシリコンウェーハ生産能力の増強と安定供給体制構築
C7.4 自然に対して実証可能なプラスの影響を生み出す製品およびサービスからの収益の増加と割合、および影響の説明
製品およびサービス GHG排出(影響) 省エネ・再エネ高度化による省エネ関連設備の需要拡大 長期
  • パワー半導体用シリコンウェーハの開発の継続と能力増強
C7.4 自然に対して実証可能なプラスの影響を生み出す製品およびサービスからの収益の増加と割合、および影響の説明
  • 時間軸(TCFDと整合)
    短期:1年以内、中期:1~3年以内、中長期:3~10年以内、長期:10年超
  • 発生可能性(いずれかを満たす場合)
      • 過去に頻繁に発生、または近年複数回発生している
      • 外部環境の変化等により、今後の発生可能性が極めて高い、または合理的に見込まれる
      • 過去に発生事例がある
      • 科学的知見や政策動向に照らし、今後の発生を否定できず、一定程度見込まれる
      • 過去に発生したことがない
      • 将来においても発生の蓋然性が極めて低い、または現実的には想定しにくい
  • 財務影響度
    大:100億円超、中:10億円~100億円、小:10億円以内

Prepare(対応と報告の準備)

Prepareフェーズでは、これまでのLocate・Evaluate・Assessの各プロセスを通じて特定された重要な依存・影響、およびリスク・機会に対して、具体的な対応策の策定と優先順位付けを行いました。

SUMCOグループは、特定された自然関連のリスクおよび影響への対応策を講じるにあたり、「AR3Tフレームワーク」※5を採用しています。これは、単なる事後的な対処に留まらず、以下の優先順位に基づき、施策を体系的に実行していくための枠組みです。

  • AR3Tフレームワーク(Avoid, Reduce, Restore & Regenerate, Transform):
    SBTN(Science Based Targets Network)が提唱する、自然への負の影響に対処するための行動の優先順位。「回避」「削減」「再生・修復」「変革」の4段階で構成され、ネイチャーポジティブへの貢献を目指す枠組み。
図7.AR3Tフレームワークに基づく対応策の優先順位

この優先順位に基づき、自然資本への負の影響を最小化し、ネイチャーポジティブへの貢献を最大化する実効性の高いアクションを推進してまいります。具体的な各リスク・機会に対する対応策については、前章の「表2. 重要なリスクおよび対応策」および「表3. 重要な機会および対応策」に整理した通り、水リサイクルの高度化や、地域生態系の保全活動などを着実に実行してまいります。

3. 今後の展望と課題

今回のLEAPアプローチを通じた自然関連課題の特定と評価は、SUMCOグループにとって、事業の存立基盤である自然資本の価値を再認識し、その持続可能性を真摯に問い直す重要なプロセスとなりました。

シリコンウェーハ製造という極めて精密なモノづくりが、豊かな水資源や健全な生態系サービスの上に成り立っているという事実は、私たちが次世代に向けて果たすべき責任の重さを改めて浮き彫りにしています。本報告における開示はあくまで第一歩であり、今後は今回特定された依存・影響、およびリスクと機会を経営戦略やガバナンス体制へとさらに深く統合していくことで、事業のレジリエンスを一層強化してまいります。また、地域社会を含む多様なステークホルダーとの対話を深め、バリューチェーン全体での自然再興に向けた連携を強化してまいります。

私たちは、半導体サプライチェーンの最上流を支えるグローバルリーダーとして、技術革新と自然資本の保全を高い次元で両立させ、持続可能な社会の発展に貢献し続ける決意です。